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フィリピン人の歴史感覚


2022年6月
吉野 文雄
 フィリピンの新大統領にフェルディナンド・マルコス・ジュニアが選出された。かつて大統領の座にあった今は亡きフェルディナンド・マルコスの長男である。選挙結果は対抗候補を寄せ付けず、圧勝であった。

 1986年、エドサ革命とかピープルパワーによって失脚した元大統領だが、当時の国際社会は彼に独裁者のレッテルを貼っていた。元大統領は汚職にまみれ、クローニーキャピタリズム(仲間内資本主義)と呼ばれた縁故主義がはびこっていたというのが、われわれ世代のイメージであろう。

 新大統領は、父親のそのような負のイメージを払拭すべく、当時のフィリピンは近隣諸国と比較しても生活水準が高く活気があったと公言してはばからない。確かに他の東南アジア諸国と比較して悪くはなかったが、フィリピンがうらやましがられたのは父親が大統領に就任する前までであり、戦前はさらに抜きんでていた。

 独裁者の息子に政治家としての資質があるかなどと問うのは軽率だが、新大統領が父親の負のイメージを背負って選挙戦を戦ったことは事実である。しかし、現代のフィリピン社会では大きなハンデにはならなかったようだ。

 一つには人口構成の問題がある。フィリピンのような出生率の高い国では、若い世代の投票が選挙結果を左右する。元大統領の在職期間を記憶にとどめている世代は少数派である。若者の中には、エドサ革命はフェイクニュースだというような言説を信じている者もいるという。

 はっきりとは捉えがたいのは、フィリピンを含む東南アジアの人々の歴史感覚である。中国や韓国の人々がアジア太平洋戦争期の日本の負の遺産を今日でも糾弾し続けるのとは大違いで、東南アジアの人々は過去の苦痛に対して淡白である。

 経済学では、消費者がどの程度まで将来のことを考えて意思決定するかということをホライズン(地平線)という概念を用いて捉える。明日何を食べるか考えず、今日はとりあえず大好きなカレーにしようという消費のホライズンの短い者もいれば、1週間先まで食べるものを考えて今日はタンパク質多めの焼き肉にしようというホライズンの長い者もいる。

 この概念を過去に適用すると、東南アジアの人々は歴史のホライズンが短いのではないか。消費のホライズンの短い人は、明るい将来を信じて今日借金をすることを躊躇しない。歴史のホライズンが短い人は、過去を美化して今日を嘆くことになるかもしれない。