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国際法と中国の歴史的「九段線」


2016年8月1日
鈴木祐二


7月12日、ハーグの仲裁裁判所は南シナ海の南沙諸島問題に関し、フィリピンの主張をほぼ全面的に認める仲裁判断を下しました。この問題は国連海洋法条約の下で判断されるべきであり、独自の「九段線」の存在をもって歴史的権利を云々する中国の主張に根拠はなく、南シナ海に排他的権利や管轄権は及ばない。中国はこの水域で犯している数々の国際法違反を直ちに止めるべきだ、としています。この仲裁裁判所の判断は法的拘束力を有し、かつ最終的なもので上訴はできません。提訴に応じなかった中国も、この仲裁判断に従う義務がありますが、自国にとって不利益な判断なので無視する構えです。

仲裁裁判に限らず、国際海洋法裁判所や国際司法裁判所などの国際法による裁判には、その判決を強制的に執行する仕組みがありません。その上、国際法や国際条約から脱退するか、もともと批准していない国家には適用されません。国際法に基づく安定した国際秩序の形成を追求する国家群と、自国の利益追求を最優先し、大義名分としてのみ国際法を利用しようとする中露のような国家群が並存するのが現実です。

2009年マレーシアとベトナムが大陸棚延長申請を行った際、中国側が国連事務総長宛に送った口上書に添付された地図には「九段線(南シナ海のほぼ全域を覆うようにU字形をした9本の破断線)」が描かれていました。2011年にフィリピンへ向けた口上書の中では、1982年の国連海洋法条約の関連規定、1992年の領海及び接続水域に関する国内法、1998年のEEZ及び大陸棚に関する国内法で中国の南沙諸島は明確に定義されており、領海、EEZ及び大陸棚を完全に有するとしていますが、肝心要の「九段線」の内容や法的意義についての具体的な言及は慎重に避けています。

中国は欧米主導で形成された国際体系と国際法の被害者であり、南シナ海の領有権問題にまで遡及できないと主張しています。ある水域が歴史的水域として認められるための国際慣習法上の要件としては「歴史的権利」を主張する国家による継続的な権限の行使と、その権限行使を容認するか反対しない外国国家の態度が挙げられます。南シナ海の領有権問題に関わる島礁占拠の時期と手段を見ると、上記の3要件を満たさず、1970年代から90年にかけての米ソの軍事力撤退という「力の空白」に乗じた側面が強いのです。その上で、南沙諸島の7つの岩や低潮高地は、各種の施設が建てられ膨大な面積の埋め立てが成されており、国連海洋法条約上の「島」にあたると主張しています。

こうした既成事実を積み重ね、仲裁裁判に応じなかった中国も非公式に見解を伝えるなど、仲裁裁判の手続きを完全には無視できなかったようです。強制措置が採れない以上、無駄とは知りつつも、外交的な手段を尽くす努力は必要です。今後注目すべきは、マニラの米軍事拠点に最も近いスカボロー礁の埋め立て工事を継続し軍事施設を築くのか、南シナ海全域に防空識別区を設定するのか、という点でしょう。いずれにせよ、来年の共産党大会で二期目に入る習近平政権にとって最も重要なのは、内政問題への対応です。当分の間、今まで以上に気を配らなくてはなりません。国際政治面では、ロシアとの連携強化にも注意を要します。