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シリア問題と難民危機の年


2016年1月1日
川上高司


2016年となり去年を振り返ると、2015年はシリア問題と難民危機で世界が大きく揺れた年でした。ISISの台頭でイラク、シリア情勢が悪化、シリア国民は難民となって国外脱出を図りました。その行き先は主にヨーロッパで、特に9月に3才の幼児の遺体がエーゲ海の海岸で発見されると一気に国際問題となりました。

しかし、あまりのその数の多さに第2次世界大戦以後最大の難民危機と言われるようになり、ヨーロッパ各国は混乱に陥いりました。

難民たちはドイツやスウェーデンを目指しましたが、その経由国であるハンガリーは早々に国境を封鎖し難民をシャットアウトして自衛に走ったのです。しかしながら、難民は別のルートを作るだけでその勢いはさらに増し、ドイツのメルケル首相が難民受け入れを表明したため、さらに混乱を招きました。

オーストリアも国境を制限、デンマークはそもそも難民受け入れに消極的というように、ヨーロッパ各国、対応がばらばらでした。シュンゲン協定により、EU域内の国境は開放されて往来が自由なはずでしたが、各国が国境を封鎖するにつれて、その理想も揺らぎました。それでも、ドイツとスウェーデンは人道的見地から、難民の受け入れに積極的だったのです。

しかし、終わりのない難民の流入と11月に起こったパリ同時多発テロの影響で、スウェーデンが政策を一転させます。スウェーデンからノルウェーやフィンランドへ抜ける国境はすでに封鎖されていましたが、デンマークからの難民を制限し、ともするとデンマークへ送り返すという強硬策に転換したのです。

ヨーロッパの中でも人道支援に手厚い国との評判が高いスウェーデンのこの転換は、ますますヨーロッパの亀裂を明確にし、ドイツの孤立が際立ってしまいました。ドイツも、もはやこれまでのように難民に寛容ではいられないでしょう。2016年はシリア難民にとっては厳しい年になりそうです。

それでも、彼らはシリアを出たことを後悔していません。それほどに祖国は荒れているのです。今月末には、いよいよシリア政府と反政府勢力が交渉のテーブルに着く和平会議が開かれる予定です。一刻も早いシリアの政治的安定こそが難民危機の解決策であることは論を待たないところです。米露だけでなく、ヨーロッパ、トルコや湾岸諸国など世界が取り組むべき最優先課題です。2016年が「シリアの年」と言えるようにアメリカの外交政策に期待したいものです。