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韓国の庶民と「反日」


2015年12月15日
武貞秀士


先日、海外での国際会議に出席し、韓国の航空会社の便で帰国したとき、機内で韓国映画「国際市場」を見ました。韓国の映画館で見たので二度目です。

国際市場は釜山にある市場の名前で、闇市として始まりました。1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発して、韓国では家族たちが手を握りしめながら逃げまどい、南の釜山をめざしました。突如、北朝鮮軍が南下してきたのですから、逃げる途中で家族がバラバラになりますが、後日、劇的に再会します。この場面は、離散家族の問題が韓国社会に落とした影を描いていて、儒教文化の香りが漂ってきます。苦労をしてきたお父さんの世代と、苦労に感謝をしない豊かな孫の世代のギャップを浮き彫りにするラストシーンからは、世代間のギャップという韓国社会が抱えている問題を思い出しました。

朝鮮戦争でなにもかも失った韓国庶民は、ゼロから出発しました。いまは苦しいけれど、いまにみていろと、一生懸命働きました。当時の西ドイツの危険な炭鉱に出かけて、外貨を韓国の送金した男性たち。やはり西ドイツで看護士として働いた女性たち。その炭鉱夫と看護士は結婚します。1950年代から韓国の庶民が経験した苦しくて質素だけれども、未来を信じて働いたたくましい生活が描かれています。仲間たちが助け合う場面がふんだんに出てきます。

韓国は国策として右肩あがりの経済成長のために、労働者をドイツや中東に送り、韓国軍を紛争の地、ベトナムに送り、外貨をかせぎました。豊かさを追求した国家と庶民の60年代、70年代の足跡がそのまま再現された映画です。

興味深いのは、韓国人が戦後を語るとき、反日を描くのが普通ですが、この映画は「戦後」を描いているのに最初から最後まで「反日」がありません。「日本が35年間、搾取したあと独立した韓国は、苦労の連続だった」といういつもの話がないのです。ただひたすらに、昨日よりも今日、今日よりも明日は楽な生活がしたいと努力してきた韓国の庶民の物語です。韓国ではこの映画が「戦後を描いているのに日本統治時代の責任に触れていない」という批判があるそうです。

しかし、この映画が描こうとした庶民の生活は、韓国社会の実態に近いと思います。自分が1977年に初めて韓国の地を踏んだとき、韓国人の間では、日本人の生活、新幹線、自動車、電化製品への関心が強かったのを覚えています。戦後韓国の歴史を貫くものは現実主義です。庶民も国家も右肩あがりの生活と経済発展を夢見て利用できるものはすべて利用するという発想です。現実主義に立っているので、この3年間、韓国は破竹の勢いの中国に賭けたのです。

韓国で1千4百万人の観客を動員したこの映画は、韓国の繁栄を支えてきた旧世代の苦労と反日イデオロギー抜きの戦後韓国を描きました。ユン・ジェギュン監督の手法は見事です。